「脳梗塞」は脳の血管が突然つまってしまう恐い病気です。
脳梗塞の中でも「心原性脳塞栓症」は、心房細動と呼ばれる不整脈が原因で起こるタイプの脳梗塞ですが、長い間「ワーファリン」という抗凝固薬が唯一の予防薬として使われてきました。
今回はこのワーファリンに取って代わる新しい抗凝固薬「DOAC」(ドアック)について、薬の特徴や作用機序など詳しく解説していきます。
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【目次】
心原性脳塞栓症の薬はワーファリンしかなかった
「DOAC」とはDirect Oral AntiCoagulantsを略したもので、口から内服する抗凝固薬の総称になります。
このDOACですが、以前は「NOAC」と呼ばれていました。
「NOAC」とは「新規経口抗凝固薬」(Novel Oral AntiCoagulants)のことで、今までの経口抗凝固薬ワーファリンに対して「新規」という意味でこのような名前になりました。
しかし新規の経口抗凝固薬が発売されてから何年も経過しているので、もう「新規」と呼ぶのはおかしいだろうということで改めて「DOAC」と呼ばれるようになったのです。
血液中には血液を固めるための「凝固因子(ぎょうこいんし)」というものが存在します。
「外因系」と「内因系」の2つに大きく分けることができますが、詳しい話は割愛します。
この凝固因子の中には、凝固因子として働くために「ビタミンK」を必要とするものが4つあります。
・第Ⅱ因子(プロトロンビン)
・第Ⅸ因子
・第Ⅶ因子
・第Ⅹ因子
医学部の学生の時に「2・9・7・10」→「に・く・な・とう」→「肉納豆!」って覚えた記憶があります。
これら4つの凝固因子はビタミンKを必要とするため、逆にビタミンKを阻害すれば凝固因子を抑制することができます。
このビタミンKを阻害する薬が「ワーファリン」になるのです。
ワーファリンによって血液が固まりにくくなるため、不整脈の心房細動で血液が滞った時でも、心臓の中に血栓ができにくくなるのです。
ただしワーファリンが効きすぎてしまうと出血する危険が出てきます。
血液検査(PT-INR値)で、どれくらいワーファリンが効いているかを調べることができるので、ワーファリンを飲んでいる患者さんは定期的な血液検査が必要になります。
またビタミンKを多く含む食品(納豆や青汁など)を摂取すると、ワーファリンの効果が弱くなってしまうため、これらの食品の摂取を控えていただくことになります。
ワーファリンを飲んでいる患者さんの中には納豆好きの方もいらっしゃるので、ワーファリンのために納豆を控えていただくことは心苦しかったです。
(納豆好きのアキラッチョなので・・・)
抗トロンビン薬「プラザキサ」登場!
なんとかして納豆を食べても大丈夫な薬を作ろう!
という訳ではありませんが、ワーファリンはきちんとコントロールをしていないと本当によく出血する薬なので、新たな抗凝固薬(=DOAC)が50年ぶりに開発されたのです。
その薬が抗トロンビン薬の「プラザキサ®︎」(一般名:ダビガトラン)です。
またまた難しい話が出てきちゃいますが、血液凝固の話をもう一度します。
外因系と内因系の各凝固因子が作用することで、「第Ⅹ因子」が活性化して「第Xa因子」となります。
この第Ⅹa因子が「プロトロンビン」を「トロンビン」に変換します。
このトロンビンが「フィブリノーゲン」を「フィブリン」に変換して、血栓を形成することになるのですが、プラザキサは下図のようにトロンビンを抑制することで、血栓の元になるフィブリンの生成を間接的に抑えます。
DOACの一つであるこのプラザキサは、ワーファリンと同じくらいの抗凝固作用があります。
もちろん副作用として出血の危険性はありますが、ワーファリンよりも出血のリスクが低いという研究結果が出ています。
ワーファリンのように定期的な血液検査をする必要もないし、しかもビタミンKを多く含む食品(納豆や青汁)を思う存分食べることもできるのでいいことづくめのようですが、薬の価格がちょっと高いのが難点です。
・ワーファリン(1mg):9.6円
→ 一日量が3mgであれば、9.6 × 3 = 28.8円
に対して・・・
・プラザキサ(75mg):136.4円
→ 一日量が通常の300mgであれば、136.4 × 4 = 545.6円!
になります。
なんとプラザキサはワーファリンの約19倍もお金がかかることになります!
ワーファリンは効果に個人差があるので、患者さんによっては1mgでいい人もいますし、5mgくらい飲まないと効果がない人もいます。
プラザキサの方も、腎臓の機能が悪い人だと薬の量を半分に減らしたりする必要がありますが、概ね薬にかかるお金は、ワーファリンと比べて一桁くらい違ってくるのは事実です。
それだけのお金をかけてでも、心原性脳塞栓症を予防するためにDOACのプラザキサを選ぶべきかどうか?ですが、ここは頑張ってでもプラザキサにすべきです。
抗凝固薬の副作用である「脳出血」を起こすと本当に命に関わる場合が多いので、お金がかかってもやはり安全なDOACの方を選んで欲しいです。
(納豆も食べることができるし、定期的な血液検査もほとんどしなくていいので・・・いかがでしょうか?)
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第Xa因子阻害薬「イグザレルト」「エリキュース」「リクシアナ」登場!
もう一つのDOACは「第Ⅹa因子阻害薬」である「イグザレルト®︎」「エリキュース®︎」「リクシアナ®︎」です。
血液を固める作用のある凝固因子ですが、最終的に「第Ⅹa因子」に辿りつくのです。
この第Ⅹa因子が「プロトロンビン」を「トロンビン」に変換し、このトロンビンという物質が「フィブリノーゲン」を「フィブリン」に変換することで、血栓を形成するのです。
DOACであるイグザレルト、エリキュース、リクシアナはこの第Ⅹa因子を阻害することで、血液を固まりにくくします。
ちなみに1つの第Ⅹa因子から1000個ものトロンビンが生成されると言われています。
この第Ⅹa因子を阻害することで、より強力に抗凝固作用を発揮することは容易に想像がつきます。
先ほどの抗トロンビン薬であるプラザキサと同様、この3つの第Ⅹa阻害薬もワーファリンと同じくらいの抗凝固作用があり、しかも副作用である脳出血のリスクを下げることがわかっています。
有効かつ安全な薬なのですが、やはり薬の価格が高いところが難点です。
3つの第Ⅹa阻害薬の薬価は以下のようになります。
・イグザレルト(15mg):558.4円
→ 一日量が通常の15mgであれば、558.4 × 1 = 558.4円!
・エリキュース(5mg):272.8円
→ 一日量が通常の10mgであれば、272.8 × 2 = 545.6円!
・リクシアナ(30mg):748.1円
→ 一日量が通常の30mgであれば、748.1 × 1 = 748.1円!
ワーファリンが一日量3mgでコントロールできるのであれば、薬価は一日たったの28.8円なので、やっぱり20倍以上の金額には悩みますよね・・・。
それでも命をお金にかえることはできないので、脳神経外科医の僕としてはDOACの方を強くお勧めします!
DOACのメリット・デメリット【まとめ】
ワーファリンやDOACの作用機序のこともあり、かなり難解な話にはなりましたが、最後にDOACのメリット・デメリットをまとめてみましょう。
まずはDOACのメリットを挙げてみます。
・効果が安定している
・ワーファリンのように血液検査をして細かく調整する必要がない
・すぐに効果が出る
・ビタミンKを多く含む食品を摂取することができる
・脳出血のリスクがワーファリンよりも低くて安全
・他の薬との相互作用が少ない
これに対してDOACのデメリットを挙げてみます。
・薬の半減期が短いため、飲み忘れると抗凝固効果がすぐになくなる
・薬の価格が高い
ワーファリンとDOACの抗凝固効果自体は同じくらいなのですが、DOACには副作用である脳出血のリスクが低くなるという大きなメリットがあります。
しかしDOACの一番のデメリットは薬の価格が高い点にあります。
心原性脳塞栓症を予防するために、脳神経外科医である僕としてはDOACをお勧めしたいのは山々なのですが、実際には経済的負担の大きさからワーファリンを選択する患者さんもいらっしゃいます。
ワーファリンを選択される場合の注意点としては、以下の3点になります。
・必ず決められた量のワーファリンを飲む
・定期的な血液検査を必ず受ける
・ビタミンKを多く含む食品に気をつける
この3点を守ることで、ワーファリンの血中濃度を安全な領域で維持することができれば、それほど危険な薬ではありません。
いずれにしても薬の飲み忘れだけには、くれぐれもご注意ください。
それではまた!