一過性脳虚血発作(TIA)という病気をご存知でしょうか?
この病気は「手足の麻痺」や「言語障害」など、あたかも脳梗塞のような症状が数分から数時間続き、そして何もなかったかのように元に戻るという特徴を持っています。
「元に戻ったらからよかった〜!」と考えたいのですが、実は全然安心できないのです。
今回は脳梗塞の前兆と考えられている一過性脳虚血発作について、その原因・症状・治療法など詳しく解説していきます。
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【目次】
一過性脳虚血発作(TIA)ってどんな病気?
一過性脳虚血発作(TIA:Transient Ischemic Attack)は文字通り、一過性の脳に血液が流れなくなって脳梗塞のような発作が起こる病気です。
以前は24時間以内に症状が消えて元に戻るというのが一過性脳虚血発作の定義でしたが、最近では「一時的な神経症状で”急性の脳梗塞”を伴わないもの」と考えるようになっています。
要するに脳梗塞の症状が一時的に出たけど、頭の検査をしても急性の脳梗塞を起こしていないという状態です。
「元に戻ったし、よかった〜!ラッキー!」と考えたいのですが、一過性脳虚血発作を起こした人は3ヶ月以内に脳卒中を発症する危険度が15〜20%であったという研究報告があります。
そして一過性脳虚血発作を起こした人の中には24時間以内に脳梗塞へ移行してしまうことも多く、「脳梗塞の前兆」というよりは「脳梗塞の崖っぷちのところに立っている」と考えた方がよいでしょう。
一過性脳虚血発作は「待った無し!」で治療を開始しなければならないのです。
一過性脳虚血発作(TIA)の3つの原因
一過性脳虚血発作は脳梗塞へ移行していく病気なので、その原因も脳梗塞と同じになります。
それでは一過性脳虚血発作の主な3つの原因について紹介していきます。
血管の血栓・動脈硬化
動脈硬化が原因で、脳の太い血管や頚動脈にできた血栓が血流に乗って流れて行って、一時的に脳の血管をつまらせることが原因になる場合があります。
そしてつまった血栓が溶けてなくなることで、脳梗塞の症状は消えて元に戻るのです。
血栓で起こる一過性脳虚血発作は全体の3分の2を占めており、原因としては最も多いものになります。
糖尿病、高血圧、高コレステロール血症(脂質異常症)のある方は特に要注意です。
心臓の不整脈
「心房細動」という心臓の不整脈や、その他の心臓の病気が原因となって心臓に血栓ができることがあります。
この心臓にできた血栓が、脳の血管まで流れて行って突然つまらせてしまうと一過性脳虚血発作を起こします。
一過性脳虚血発作の原因としては、残り3分の1がこの心房細動になります。
心房細動は加齢とともに有病率が上がり、80歳以上の男性では3.5%、女性で2.5%という報告もあります。
定期的な健康診断と心電図検査は必ず受けるようにしましょう。
血圧の急激な低下
脳の血管や頚動脈が動脈硬化で狭くなっているような人は、急激な血圧低下が起こると脳に血液が届かなくなって一過性脳虚血発作を起こす場合があります。
血圧低下が原因となることは稀ですが、例えば心臓の病気が原因で急激に血圧が下がったりすると、脳循環不全を起こして一過性脳虚血発作を起こす場合もあります。
一過性脳虚血発作(TIA)はどんな症状が起こるの?
脳梗塞の前兆である一過性脳虚血発作では、あたかも脳梗塞を起こしたかのような症状が一過性に現れます。
脳の一部分の血流が足りなくなって症状が出現するのですが、同じ症状でも全く違う場所の血流不足ということもあります。
一過性脳虚血発作を見逃さないためには、まずは症状に気がつかなければなりません。この症状に気がつくことが、後々の脳梗塞予防につながってくるのです。
それでは一過性脳虚血発作の代表的な症状を4つ紹介していきましょう。
手足の麻痺・しびれ
まず最も分かりやすい症状が「手足の麻痺(まひ)」や「しびれ」です。
一過性脳虚血発作では「左手足」もしくは「右手足」といったように、通常どちらかの一方の手足に麻痺症状やしびれ感が現れます。
一過性脳虚血発作の患者さんは、次に挙げるような症状で病院を受診されます。
・箸(はし)がうまく使えなくなった
・茶碗を突然落としてしまった
・包丁がうまく使えなくなった
・手に持っていた荷物が急に持てなくなった
・歩いていたら、突然片方の脚に力が入らなくなった
これらの症状がある日突然起こり、様子をみていたら数分程度で治ったという方は一過性脳虚血発作の可能性が非常に高くなります。
どのような症状が、どれくらいの時間続いたかということを正確に医師に伝えることで、一過性脳虚血発作を見逃さないようにする必要があります。
言語障害
一過性脳虚血発作では「言語障害」を起こすことがあります。
言語障害は「言語機能」に障害が出現するのですが、大きく分けて次の2種類の言語障害があります。
・構音障害(こうおんしょうがい)
・失語症(しつごしょう)
まず「構音障害」ですが、言葉を話すことはできるのですが、呂律(ろれつ)が回らなくなって何を言っているのか聞き取りにくくなります。
この構音障害に対して「失語症」とは、名前の通り「言葉」を失ってしまう症状が出現します。
失語症には、話したくても言葉を全く話すことができなくなる「運動性失語」と、言葉を全く理解することができなくなる「感覚性失語」とがありますが、どちらもできなくなる「全失語」を起こす患者さんもいます。
この言語機能障害も気がつきやすい症状なので、一時的に言葉がうまく喋れなくなるような場合は一過性脳虚血発作の可能性が高くなります。
めまい・ふらつき
一過性脳虚血発作では「めまい」や「ふらつき」が一時的に起こる場合があります。
「めまい」という病気は、ほとんどの場合が耳の奥の「内耳(ないじ)」という部分の障害で起こりますが、その場合はグルグルと目が回るような「回転性めまい」になるという特徴があります。
それに対して脳の血流不足で起こるめまいは、フワフワと船に揺られるような「浮動性(ふどうせい)めまい」を起こします。
フワフワとしてじっとその場に立てなくなったり、真っ直ぐに歩くことができなくなるようなめまいが起こるのです。
この浮動性めまいを起こすような一過性脳虚血発作は、脳の中でも特に大切な部分の血流不足が原因となっている場合が多いので、特に注意が必要です。
視野障害
4つ目は「視野障害(しやしょうがい)」です。
人間は目で見たものを脳の後ろの方(後頭葉)で認識しているのですが、この部分の血流不足を起こすと見ているものの一部を認識できなくなります。
ひどい場合は視野の半分がバッサリと見えなくなる患者さんもいます。
また片方の目だけが全く見えなくなることもあり、この場合は「一過性黒内障(いっかせいこくないしょう)」と呼んでいます。
一時的に目が見えなくなったということで、最初に眼科を受診される患者さんが多いですが、目の検査をして異常がなければ一過性脳虚血発作の可能性が高くなるので、脳の検査をする必要があります。
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一過性脳虚血発作(TIA)の検査
一過性脳虚血発作は脳梗塞の前兆であり、かなり危険な病態と認識しなければなりません。
したがって原因をきちんと調べて、脳梗塞へ移行しないように早急に治療を開始しなければなりません。
中には一過性脳虚血発作ではなく、脳以外の病気が原因となって起こる症状もあります。
一過性脳虚血発作の原因を調べるための検査について、それぞれ解説して行きます。
頭部MRI・MRA
まず一番重要な検査は「頭部MRI・MRA」検査です。
頭部MRI検査は急性期の脳梗塞を調べる検査ですが、一過性脳虚血発作を起こした時も約30%の確率で新しい脳梗塞が見つかります。
つまった血管が再開通したにも関わらず、脳梗塞になってしまった部分があるということですが、幸いにも症状が出ない部分が脳梗塞になったということを意味しています。
またMRI検査以上に重要なのがMRA検査です。
もし本当に一過性脳虚血発作であれば、脳の血管や頚動脈が動脈硬化で狭くなっているはずです。
一過性脳虚血発作の症状を説明できるような血管の異常があれば、治療を開始しなければなりません。
ちなみにCT検査に関しては、一過性脳虚血発作を調べるという点では全く役に立ちません。
CT検査ではあくまでも時間の経過した脳梗塞しか診断できないので、一過性脳虚血発作で出現するような早期の脳梗塞は判別することができません。
また造影剤を使わない限り、最も重要な脳の血管を調べることができないのです。
「CT検査をして問題なかったので、一過性脳虚血発作の可能性は低いですよ」という説明は全く的を得てません。
本当におかしい症状が出現した時は、必ずMRI・MRA検査を行わなければならないのです。
※「MRIとCTの違い」についての詳しい話はこちらの記事へ→
頚動脈エコー
「頚動脈エコー検査」では、頚動脈の「動脈硬化性変化」や「プラーク」を調べることができます。
このプラークと呼ばれるものが破綻すると、脳の血管に向かって血栓を飛ばし、一過性脳虚血発作や脳梗塞の原因となります。
頚動脈エコー検査は、このプラークの不安定性を調べたり、頚動脈がどれほど狭くなっているかを調べることができるので、一過性脳虚血発作の検査としては非常に重要なものになります。
心電図・心エコー
「心電図」では一過性脳虚血発作の原因となる「心房細動」が出ていないかどうかを調べることができます。
ただし、心房細動は一過性にしか出ていないこともあり、心電図検査をした瞬間は治っていることもあるのです。
したがって、一過性脳虚血発作が強く疑われる場合は24時間持続で心電図を記録する「ホルター心電図」検査を行わなければなりません。
また心臓の中の血栓を調べるために、心臓のエコー検査を行うことも重要です。
血液検査
最後は「血液検査」です。
体の中で血栓ができると「D-ダイマー」という検査値が上昇します。
また一過性脳虚血発作と同じ様な症状を起こす以下の病気も血液検査をすることでわかります。
・低血糖
・電解質異常
・肝機能障害
・腎機能障害
一過性脳虚血発作と早とちりしてしまい、これらの病気に気がつかなければ取り返しがつかなくなる場合もあります。
頭の検査だけでなく、一過性脳虚血発作を疑う場合は血液検査で「脳以外の病気」を除外する必要があるのです。
(内科の先生から「一過性脳虚血発作です!」と相談されたのに低血糖だったということは、実際に何回かあります・・・)
一過性脳虚血発作(TIA)の治療
症状と検査から一過性脳虚血発作と診断された場合は、血液をサラサラにする薬の内服治療を開始します。
この血液をサラサラにする薬には2種類あります。
血栓や動脈硬化が原因の場合は、血管の血栓がひどくならないように「抗血小板薬」(こうけっしょうばんやく)という薬を内服します。
また心房細動が原因となる一過性脳虚血発作の場合は「抗凝固薬」(こうぎょうこやく)という薬を内服しなければなりません。
それぞれ作用機序が異なり、原因によってきちんと使い分ける必要があります。
また血液をサラサラにする薬だけではなく、狭くなった血管を広げる治療や、血液が不足している部分に新たに血管をつなぐ「バイパス手術」といった外科的治療も行う場合があります。
まとめ【医師からのアドバイス】
一過性脳虚血発作に関しては、脳卒中治療ガイドラインには次のように記載されています。
一過性脳虚血発作(TIA)と診断すれば、可及的速やかに発症機序を評価し、脳梗塞発症予防のための治療を直ちに開始するよう強く勧められる(グレードA)。
引用:「脳卒中治療ガイドライン2015」より
「速やかに」とか「直ちに」といった言葉で表現されているように、一過性脳虚血発作は「待った無し!」の病気なのです。
一過性脳虚血発作に対してきちんと検査を行い、適切な治療を開始することで脳梗塞を未然に防ぐことができるのです。
手足の脱力感やシビレが起こったけど、様子見てたら治ったからいいや・・・ではなく、たとえ症状が元に戻ったとしても「速やかに」かつ「直ちに」病院を受診するよう心がけてください。
脳梗塞は一度起こしてしまうと回復が難しい病気です。
また脳梗塞にかかってしまって薬の治療をしている患者さんでも再発する可能性もあります。
脳梗塞の前兆である「一過性脳虚血発作」を見逃さないようにしましょう。
それではまた!