脳出血の中でも「皮質下出血」は、脳の表面に近いところに出血する病気です。
脳表からの深さが1cm以下の皮質下出血であれば、出血を摘出する手術を行う場合があります。
しかしこの皮質下出血には「脳動静脈奇形(のうどうじょうみゃくきけい)」と呼ばれる危険な原因が隠れていることがあります。
今回はこの”超”危険な脳動静脈奇形から出血を起こして救急搬送された、若いお父さんのお話です。
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【目次】
脳動静脈奇形(AVM)ってどんな病気?
まず「脳動静脈奇形」とはどんな病気かというと、脳血管の動脈と静脈が、毛細血管を間に介することなく直接吻合してしまうという病気と言い表せます。
「奇形」という名前が付いているように、正常な血管構造ではなくなった「ナイダス」と呼ばれるものが、この病気の本体になります。
ナイダスの見た目ですが、太さの異なる赤いミミズが一つの塊になっているような感じの病変になります。
動脈からの血液が直接ナイダスに流入して、そのまま静脈へと抜けていくため、静脈の色が赤色を呈するのが特徴的です。
毛細血管による血液のブレーキがないため、勢いの強い動脈血がナイダス内に直接流入します。
そのためナイダス内の圧力が高くなり、我慢しきれずに破綻してしまうと、結果として脳出血を起すことになるのです。
また酸素を豊富に含んだ動脈の血液が、そのまま静脈に抜けて行ってしまうので、脳動静脈奇形のある部分の脳は酸素不足なり、てんかん発作と呼ばれる痙攣を起すこともあります。
救急搬送された、若いお父さんの話
脳出血で救急搬送される方は、後を断つことがありません。
その中でも30歳代の若いお父さんが、子供さんの前で突然倒れて意識がなくなったということで、アキラッチョの勤務する病院に救急搬送された時のお話をしていきます。
お父さんが突然倒れて意識がなくなった!
ある日曜日のことです。
世間では休日の方が多いですが、病棟の患者さんの回診をしていた僕のPHSに、救急外来から電話がかかってきました。
「先生、脳出血の患者さんが運ばれてきました!」
救急外来を担当している研修医の先生が、興奮した声で話し続けました。
「3●歳の男の人です!」
「若いな・・・」
僕はちょっと嫌な予感がしました。
救急外来に急いで行くと、待合のところで奥さんと思われる若い女性と、中学生くらいの男の子が一人、寄り添うようにして座っていました。
そして、不安そうなまなざしでこちらを見上げていました。
さっそうと救急初療室に入って行くと、血圧モニターなどをつけられた若い男の人がストレッチャーの上で横たわっていました。
意識は非常に悪く、名前を呼んでも目をつむったままで反応がありません。
頭のCTを見てみると、左の脳に3cm以上の皮質下出血を起こしていました。
若い男性・・・生活習慣病なし・・・皮質下出血・・・
この3つのキーワードを頭の中で足し算した僕は、脳動静脈奇形からの出血を疑い、緊急で脳血管カテーテル検査を行うことにしました。
皮質下出血の正体は脳動静脈奇形だった!
「脳出血を起こし、お父さんは非常に危険な容態です」
「出血の原因を調べるために、緊急でカテーテル検査をしなければなりません」
実はこれくらいの大きさの脳出血であれば、すぐに命を落とす患者さんはいません。
しかし脳動静脈奇形が出血の原因であれば、再出血する可能性が非常に高くなるので、ご家族には現状以上に厳しいお話をしなければなりません。
病状説明の話を聞きながら、奥さんは涙を流してました。
男の子は黙ってうつむいてしまい、その表情は見えませんでした。
血圧管理を行いながら、すぐに脳血管カテーテル検査を開始しました。
結果は・・・嫌な予感が的中し、左の脳に脳動静脈奇形がくっきりと正体を現したのです!
患者さんはいびきをかくように、苦しそうな呼吸をしていました。
そして検査モニターに映し出されたこの難敵の治療方針を、その場ですぐに決定しました。
① 脳動静脈奇形を栄養する血管を、カテーテル手術でつめてしまう
② 血液の流入が遮断できた段階で、脳動静脈奇形と出血を摘出する手術を行う
③ 手術後はICUで全身管理を行う
カテーテル手術で血管をつめても、開頭手術の時に大出血する可能性が高いため、大量の輸血の準備を行いました。
脳動静脈奇形の手術では、術中に出血多量で亡くなる患者さんもいます。
万全の準備を行った段階で、治療開始となりました。
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脳神経外科医 v.s. 脳動静脈奇形
まずカテーテル手術による脳動静脈奇形の塞栓術(そくせんじゅつ)を行いました。
これは脳動静脈奇形の栄養血管までカテーテルを進めて、いろいろな道具を使って血管をつめてしまう治療になります。
塞栓術は成功し、脳動静脈奇形は造影しても見事に写らなくなりました。
これで摘出手術を、かなり安全に行うことができるようになります。
病院によってはカテーテル手術ができない施設もあるので、そのまま摘出手術を行う場合もありますが、本当にすごい出血をします。
手術室に入る前に、家族の人に会ってもらいました。
ストレッチャーの上に横たわる意識のない患者さんのそばに、奥さんと男の子が恐る恐る近寄ってきました。
奥さんは涙を流しながら、力の入っていな患者さんの手を握りました。
「それでは手術室に入ります」
僕は二人に伝えました。
奥さんは握っていた手を離して、お別れをするように静かに頭を下げました。
すると男の子が僕の方に顔を向けて、小声ながらもはっきりとこう言ったのです。
「お父さんを・・・お願いします・・・」
すでに夜になろうかとしていましたが、この息子さんのためにも何とかしなきゃ!と自分を奮いたたせ、脳動静脈奇形の摘出術を開始しました。
手術時間は6時間ほどかかりましたが、幸い輸血が必要になるほどの術中出血はなく、明け方には手術をすべて終えることができました。
手術前と手術後のCTですが、脳動静脈奇形を含めた出血の塊も全て摘出できています。
(そして不眠不休のまま、月曜日の外来診療を夕方近くまでしました・・・)
この患者さんのその後ですが、数日して意識は回復したものの、右手に麻痺症状が残っていました。
しかし、リハビリテーションを懸命に頑張り、リハビリ専門病院へ転院する頃にはキャッチボールをして遊べるくらいまで回復してくれました。
息子さんの気持ちが、神様にも届いたのでしょうね^ ^
まとめ
脳出血の原因で最も多いものは高血圧で、脳出血全体の82%にもなります。
脳動静脈奇形は2%と非常に少ないですが、50歳未満の若い人に限れば12%と高くなります。
脳出血の原因として、脳動静脈奇形を疑う場合は次の時になります。
・若い人(50歳未満)
・高血圧など生活習慣病をもっていない
・皮質下出血を起こしている
・てんかん発作を起こしたことがある
これらの条件がそろっていれば、例え小さな脳出血でも造影剤を使った詳しい検査(造影CT、脳血管カテーテル検査)をした方がよいでしょう。
脳の大切な領域にできた脳動静脈奇形や、サイズの大きなものに関しては手術ができない場合もあります。
非常に稀な病気ですが、知っておいて損はないですね^ ^
ちなみに皮質下出血に関する詳しい話は、以下の記事を参考にしていただければ幸いです。
それではまた!