元気だった人に突然襲いかかる病気、それが「脳卒中」です。
脳卒中は”目に見える”症状が出現します。
例えば、手足が動かなくなったり、言葉を喋ることができなくなったり、最悪の場合は倒れたまま意識が戻らなくなってしまったりすることもあります。
例えば「右半身麻痺」と「失語」を突然起こした患者さんがいたとします。
実はこの場合、原因となり得る脳卒中は3つ考えられます。
今回は「右半身麻痺」と「失語」を来した患者さんの、3つの異なる原因疾患についてそれぞれ紹介していきます。
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【目次】
「右半身麻痺」「失語」を起こす3つの異なる脳卒中
「右半身麻痺」とは、右の手足が動かなくなる状態のことをいいます。
また「失語」とは、言葉を話したり理解することができなくなる状態のことを言います。
この2つの症状が同時に起こるとしたら「左脳」に何らかの障害が起こっている可能性があります。
そしてこれらの症状が突然起こるとすれば「脳卒中」しかありません。
「脳卒中」は脳の血管に起こる病気の総称になります。
具体的には次の3つの病気が含まれています。
・脳出血
・脳梗塞
・くも膜下出血
この3つの脳血管障害が「左脳」に起こると、障害の程度にもよりますが、全く同じ「右半身麻痺」と「失語」が起こります。
それぞれ「出血する」「血管がつまる」「動脈瘤が破れる」と全く病態は異なりますが、同じ症状が出現するのです。
病態自体が全く異なるので、治療法だけでなく、血圧管理などの初期対応も違ってきます。
それでは具体的な患者さんの例をあげて、話を進めていきましょう。
ある日突然「右半身麻痺」と「失語」を起こして救急搬送された患者さんが、「脳出血」「脳梗塞」「くも膜下出血」であった場合に、それぞれどのような経過をたどるのかを具体的に解説していきます。
※ 以降に出てくる画像検査ですが、向かって「右側」が「左の脳」になります。
脳出血
60歳の男性が、突然「右半身麻痺」と「失語」を起こしたということで救急搬送されました。
呼びかければ目を開けてくれますが、右の手足は全く動かすことができず(右半身麻痺)、言葉を話すこともできません(失語)。
血圧を測ると、上の血圧が180mmHgもあります。
緊急で頭部CT検査を行なったところ、左脳に「脳出血」を認めました。
「被殻出血」で、血腫の量が31ml以上あるので緊急手術が必要です。
上の血圧が180mmHgもあるので『脳卒中治療ガイドライン2015』に準じて140mmHgまで血圧を下げなければなりません。
薬で血圧を何とか下げて、そのまま開頭手術を行いました。
しかし被殻出血の最初のダメージで「右半身麻痺」と「失語」は改善せず、車椅子での生活となってしまいました。
脳梗塞
60歳の男性が、突然「右半身麻痺」と「失語」を起こしたということで救急搬送されました。
呼びかければ目を開けてくれますが、右の手足は全く動かすことができず(右半身麻痺)、言葉を話すこともできません(失語)。
血圧を測ると、上の血圧が180mmHgもあります。
緊急で頭部MRI検査を行なったところ、左脳に「脳梗塞」を認めました。
そして原因は「左中大脳動脈」の閉塞でした。
脳梗塞を起こしたばかりの時は、上の血圧は180mmHgのままで問題ありません。
つまってしまった血管に何とか血液を流そうとして血圧が上昇しているので、脳出血の時のように血圧を下げてしまうと逆に脳梗塞が悪化してしまうのです。
脳梗塞急性期では、収縮期血圧>220mmHgまたは拡張期血圧>120mmHgの高血圧が持続する場合、慎重な降圧療法を行うことを考慮しても良い(グレードC1)。
引用:「脳卒中治療ガイドライン2015」より
発症から4.5時間以内であったので、t-PAによる血栓溶解療法を行いました。
治療は成功し、つまった血管が再開通し、左脳は完全に脳梗塞に至らずにすみました。
患者さんは、会話も可能となり、軽度の右半身麻痺が残りましたが、歩いたり右手で箸を使って食事を食べるなど、日常生活自体はほぼ自立することができました。
※「t-PAによる血栓溶解療法」の詳しい話はこちらの記事へ→
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くも膜下出血
60歳の男性が、突然「右半身麻痺」と「失語」を起こしたということで救急搬送されました。
呼びかければ目を開けてくれますが、右の手足は全く動かすことができず(右半身麻痺)、言葉を話すこともできません(失語)。
血圧を測ると、上の血圧が180mmHgもあります。
緊急で頭部CT検査を行なったところ、左脳に「くも膜下出血」を認めました。
そして造影CT検査を行うと「左中大脳動脈瘤」の破裂が原因とわかりました。
脳動脈瘤破裂による「くも膜下出血」で、緊急手術が必要です。
そしてくも膜下出血は、手術までに脳動脈瘤を再破裂させないようにするための初期治療が重要になります。
・鎮痛(頭痛・痛みを和らげる)
・鎮静(安静にする)
・降圧(血圧を下げる)
中でも血圧を下げるための「降圧」が重要になります。
上の血圧が180mmHgあったので、降圧剤を投与して120〜130mmHgまで下げました。
どれくらい下げればよいのか、くも膜下出血に関しては明確な基準はありません。
あまり血圧を下げすぎると、脳血流が悪くなって脳梗塞を起こす可能性も出てきます。
初期治療を行った後、脳動脈瘤のクリッピング術を行いました。
くも膜下出血は、脳の表面に出血しただけで、脳自体へのダメージがほとんどありませんでした。
脳のダメージが最小限であったため、「右半身麻痺」と「失語」は完全に回復し、何の後遺症もなく退院することができました。
まとめ
「右半身麻痺」と「失語」を起こした時は、原因疾患として左脳の「脳出血」「脳梗塞」「くも膜下出血」の3つの病気を念頭に置く必要があります。
それぞれ治療法は全く異なるのですが、この3つの病気の共通点として「高血圧」があります。
まず「脳出血」と「くも膜下出血」は、血圧が高いままだと出血がひどくなるため、早急に血圧を下げる治療が必要になります。
その一方で「脳梗塞」は、脳梗塞になりつつある脳に、何とか血液を送り込もうとして血圧が上がっているので、血圧を薬で下げてしまうと脳梗塞を悪化させることになります。
脳梗塞患者さんのご家族が「血圧が180もあるのに、大丈夫なんですか?!」と心配されることがあります。
答えは「大丈夫!」です。
副作用で出血のリスクがある「t-PAによる血栓溶解療法」を行う場合は、上の血圧を185mmHg未満に下げなければなりませんが、もし血栓溶解療法を行わないのであれば、上の血圧が220mmHgまで上がっても慌てることはありません。
病状を悪化させないための「血圧管理」一つをとっても、結構奥が深いです。
いずれにせよ、まずは脳卒中を起こさないためにも、日々の血圧管理は十分気をつけましょう。
「高血圧」は全ての脳卒中の最大の危険因子ですから。
それではまた!