「軽度認知障害」(MCI:mild cognitive impairment)ってご存知でしょうか?
この軽度認知障害とは”記憶障害はあっても認知症とは言えない状態”のことをさしています。
高齢化社会が進んでいる日本では、認知症の患者さんが年々増加してきていますが、軽度認知障害は”認知症の前段階”として考えられています。
将来の認知症を予防するためにも、この軽度認知障害をいかに早期診断し早期治療を開始するか、ということが重要になってきます。
今回は、認知症の前段階である軽度認知障害について、症状や治療法など詳しく解説していきます。
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【目次】
軽度認知障害(MCI)とは?
”物忘れ外来”をしていると、自分(あるいは家族)が認知症ではないか?という不安を抱えた患者さんがたくさん受診されます。
ほとんどの方は、最近になって物忘れが目立つようになったと訴えられています。
中には「軽度認知障害(MCI)ではないでしょうか?」と尋ねてくる患者さんもいらっしゃいます。
軽度認知障害(MCI)とは”認知症の前段階”の状態として注目されています。
軽度認知障害の診断基準を以下に挙げてみましょう。
【軽度認知障害(MCI)の診断基準】 ・本人から物忘れの訴えがある ・年齢に比べ記憶力の低下がある ・日常生活動作は正常 ・全般的な認知機能は正常 ・認知症ではない |
健常者と認知症の中間にあたることになる軽度認知障害ですが、記憶障害がある「健忘型」と、記憶障害がなく他の認知機能障害がある「非健忘型」の大きく2種類に分けることができます。
この”他の認知機能障害”ですが、例えば人の顔が分からなくなるとか、服の着方が分からなくなるといったような「言語」「遂行機能」「視空間機能」の障害になります。
そして”記憶障害”の有無と”その他の認知機能障害”の有無によって、軽度認知機能障害は以下の4つのタイプに分類されます。
上の図に示しているように、4つに分類された軽度認知障害(MCI)は、将来的にそれぞれ異なった認知症へと移行する可能性が高くなります。
ただし軽度認知障害と診断されても、必ず進行性に認知症が悪化するというわけではありません。
軽度認知症と診断された高齢者の追跡調査をした研究があり、軽度認知症患者さんの約14%が認知症に進行し、約46%の人が正常に戻ったという報告もあります。
したがって軽度認知障害と診断されても、すぐに悲観的になることはないのです。
何よりも大切なのは、軽度日障害を早期診断し、できるだけ早く治療を開始することなのです。
軽度認知障害(MCI)を早期診断する方法は?
認知症をできるだけ早期診断し、そして早期治療または予防につなげたい!
そんな思いから生まれた”軽度認知障害”という状態ですが、実際の臨床の現場では次のように診断しています。
まず最初に「認知症」ではないことを確認することから始まります。
患者さん本人、または同居しているご家族から日常生活の実態を詳しく聞き出して、後天的に認知機能の低下が進行しているかどうかをチェックします。
次に患者さんの年齢や身体機能の範囲で、自立した社会生活や家庭生活を送ることができているかどうかを確認します。
もし、後天的に認知機能の低下が進行していて、しかも自立した社会生活を送ることができていないのであれば、”認知症”として治療を開始しなければなりません。
自立した社会生活や家庭生活を送ることができているかどうかを判断するために重要なのが、手段的日常生活動作(IADL)です。
例えば、買い物に行って支払いをきちんとできるかどうか?とか、料理や洗濯などの家事がきちんとできているかどうか?など日常生活動作能力が正常であることが、軽度認知障害と診断する上で重要なのです。
また、認知症を調べる30点満点のテスト「長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)」も、認知症でないことを診断するために役立ちます。
これらの問診や検査によって”認知症でない”と判断されれば、次に挙げる個々の認知機能を評価することになります。
【評価する認知機能】 ✔︎ 記憶 →”エピソード記憶”と”論理記憶” ✔︎ 言語機能 ✔︎ 遂行機能 ✔︎ 視空間機能 ✔︎ 推論 ✔︎ 注意の能力 |
この中でも”論理記憶”が最も重視されていて、その評価には「Wechsler Memory Scale-Revisedの論理記憶Ⅱ」という指標がよく使われています。
”認知症ではない”ことが確認された上で、それぞれの認知領域について同じ年代の人より能力が下回っていれば、”軽度認知機能障害”が強く疑われることになるのです。
また軽度認知障害の診断を助けるのに、画像診断とバイオマーカーが役に立つと考えられています。
まず画像診断ですが、主にMRI検査によって評価します。
軽度認知障害の脳では、海馬傍回(かいばぼうかい)の前方にある”嗅内野皮質”の萎縮が注目されています。
次にバイオマーカーですが、腰のところに針を刺して採取することのできる脳脊髄液に含まれる物質になります。
主なバイオマーカーとしては、アルツハイマー病に特徴的な”老人斑(ろうじんはん)”の主要構成成分である”Aβ42”と、神経原線維変化を構成する”リン酸化タウ”が注目されています。
軽度認知障害や早期のアルツハイマー病の患者さんでは、脳脊髄液中の”Aβ42”が低下し、リン酸化タウは逆に上昇しているという特徴があり、診断を助けるのに有用と考えられています。
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軽度認知障害(MCI)の治療と予防法
軽度認知障害を早期に発見し、早めに治療を開始することで、認知症の発症と進行を遅らせることが可能です。
ここでは軽度認知障害と診断された場合の治療法や予防法について解説していきます。
薬物療法
アルツハイマー病の治療薬である塩酸ドネペジル(アリセプト®︎)を内服することによって、1年間であれば軽度認知障害から認知症への進行を予防することができるという報告があります。
しかし残念ながら、それ以後の進展予防効果は認められていません。
他にもリバスチグミン(リバスタッチ®︎、イクセロンパッチ®︎)や、ガランタミン(レミニール®︎)という薬がありますが、認知症への進展を予防できたという報告はありません。
一方で、認知症への進展予防効果が期待されている一般薬もあるので、以下にあげてみます。
✔︎ 抗酸化物質
・ビタミンE
・銀杏葉エキス
・MAO阻害薬(セレギリン)
✔︎ スタチン(高コレステロー血症薬)
また”エストロゲン補充療法”も認知症への進展予防効果があると注目されていましたが、乳がんのリスクファクターであるという警告が出たため、現在では治療薬として選択されることはありません。
しかし実際の臨床の現場では、塩酸ドネペジルに代表されるようなアルツハイマー病治療薬に頼るしかないのが現状です。
食事療法
「まごは(わ)やさしい」という言葉をご存知でしょうか?
この言葉は健康維持のため、積極的に摂取した方がよいと考えられている7つの食品の頭文字を並べたものです。
実はこの7つの食品には、健康維持だけでなく認知症を予防する効果があるということがわかってきています。
以下にこの7つの食品を挙げてみましょう。
【認知症予防効果のある7つの食品】
✔︎「ま」・・・豆類(大豆、小豆など)
✔︎「ご」・・・ゴマ(抗酸化作用物質のセサミンが豊富)
✔︎「は(わ)」・・・ワカメ(昆布、ひじきなど海藻類)
✔︎「や」・・・野菜(βカロチンが豊富な緑黄色野菜)
✔︎「さ」・・・魚(サバやイワシなどの青魚)
✔︎「し」・・・しいたけ(キノコ類のグルタミン酸)
✔︎「い」・・・芋(脳の栄養になる炭水化物)
軽度認知障害に特化したような治療薬がないため、これらの食品を積極的に摂取することで、認知症への進行を予防する必要があります。
また青魚に含まれるEPAやDHAに関しては、サプリメントも市販されているので利用してみてもよいでしょう。
運動療法
認知症予防には、有酸素運動が効果的という報告があります。
有酸素運動とは、軽く息が上がるくらいの状態を保つ運動のことで、長い時間継続することができます。
認知症予防のための主な有酸素運動を以下に挙げてみます。
【認知症予防になる有酸素運動】 ・ウォーキング ・ジョギング ・スイミング ・エアロビクス ・ヨガ |
この中でも一番とっつきやすいのが”ウォーキング”ではないでしょうか。
認知症予防効果のあるウォーキングの歩数は、一日5000歩ということがわかっています。
有酸素運動は認知症を予防するだけでなく、高血圧や糖尿病に代表される生活習慣病の予防にもなります。
健康的な人生を楽しく過ごすためにも、日々の生活の中にぜひ有酸素運動を取り入れたいものです ^ ^
まとめ
「軽度認知障害(MCI)」は認知症の前段階として注目されています。
早期発見に努めると同時に、認知症への進行を予防するために薬物療法や食事療法、運動療法を行う必要があります。
「まごは(わ)やさしい」で表されている7つの食品を積極的に摂取したり、一日5000歩のウォーキングなどの有酸素運動を日々の生活に取り入れることで、認知症の予防に努めましょう!
それではまた!